今や100円ショップでも購入できる腕時計ですが、ほんの数十年前までは腕時計は高級品で庶民にはなかなか手の届かない商品でした。しかし、1969年。腕時計業界を揺るがす大事件が起こります。それがクオーツショックです。


それまで高級品であった腕時計は、これを機に安価に大量生産が可能になり、庶民の腕にも巻かれていきます。そしてそれは同時に、歴史と伝統を持つ老舗ブランドを淘汰していくことになります。今回はクオーツショックの功罪を記していきます。

(世界初のクオーツ腕時計「クオーツアストロン」

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by:クオーツアストロン(世界初のクオーツ腕時計) | セイコーのウオッチ | THE SEIKO MUSEUM セイコーミュージアム



■機械式腕時計の全盛

元々、腕時計は機械式が主流でした。機械式とは腕時計の針をゼンマイの力で動かす仕組みで、非常に精巧な組み合わせを用いてゼンマイを動かしており、正に職人の織りなす技術が結集された一品でありました。それ故、一つ一つの腕時計は廉価品と呼ばれる商品であっても、非常に高価な品として、一般庶民には手の届きにくい商品でありました。

■クオーツの出現

クオーツとは石英という鉱物で、この鉱物の水晶を利用した腕時計がクオーツ式と呼ばれます。クオーツ自体は1920年代にすでにこの世に存在していましたが、技術的に小型化が難しく、巨大な壁掛け時計に使われている程度でした。しかし、とある日本メーカーがそのクオーツ時計を小型化させ、市場に初めてクオーツ式腕時計として投入します。

そのメーカーは1964年。東京五輪で公式時計機器として採用され、その名を世界に轟かせます。

かつて服部時計店として銀座のシンボルであったその時計メーカー。セイコー。

そしてセイコーはそれから約10年後の1969年。SEIKOとして腕時計業界に激震を走らせます。

■クオーツショック

1969年、セイコーは世界で初めてクオーツ式の腕時計、「アストロン」を市場に投入します。クオーツ式腕時計の最大の特徴は、時間誤差が非常に少ないことです。基本的に機械式腕時計の場合、時間誤差が日/+5−3秒であるのに対して、クオーツ式は日/+−1秒と、圧倒的に高い精度を誇っています。また、セイコーはこの特許技術を公開したため、様々なメーカーがこのクオーツ式腕時計の製造を開始します。これにより、各社の熾烈な価格競争が始まり、腕時計は高級品から日用品にへと変化していきます。

そしてそれは、今まで腕時計業界を牽引していた機械式腕時計メーカーを絶滅の危機に追い込むことになりました。

■腕時計の多様化と機械式腕時計の復権

クオーツショックの衝撃は凄まじく、機械式腕時計の老舗メーカーが次々に倒産、吸収合併されるなか、腕時計はさらに多様化をしていきます。液晶タイプの腕時計が市場に出現し、その技術が拡散されはじめると、腕時計の価格競争は更に激化し、腕時計は子供でも簡単に購入できるような時代になっていきました。

しかし、1980年代半ば頃から、徐々に機械式腕時計の再評価が高まり始めます。これはある意味、クオーツショックにより市場が拡大化し、様々な人たちが気軽に腕時計を手に入れることができるようになったため、あえて誰にでも手が出しにくく、デジタル全盛を迎える社会の中で、職人の技を集結させた小さな精密機械に、人々が忘れていた何かを見出したものとも言えます。

■日本メーカーの苦境と腕時計の新しい価値

機械式腕時計が再評価を得るなか、クオーツ式腕時計は価格競争が更に激化していきました。日本の腕時計メーカーの多くもその競争に巻き込まれ、アジアの安い労働力で生産されるクオーツ式腕時計にシェアを奪われ始めます。安価でも精度の高いクオーツ式は、ブランド価値など無いにも等しくなり、日本メーカーは自らが生み出した技術に苦境に立たされるという皮肉な流れに巻き込まれてしまいます。

しかし、セイコーやオリエントといったメーカーも腕時計の原点である機械式の復刻投入を始めることにより、徐々に体制を整え始め、腕時計は新たなステージに入りつつありました。

■腕時計は時間を見る道具ではなくステイタスに

1990年代後半から2000年代にかけて携帯電話が爆発的に普及し始めたことにより、時間の確認は腕時計ではなく携帯電話で済ます。という人が増えてきました。これにより、腕時計を装着する人自体が少なくなりました。やがて腕時計、特にデザイン性が高く、熟練工の技術が結集した腕時計は、その人の所有欲や顕示欲を満たす商品としての意味を持ち始めます。

■クオーツショックの功罪

セイコーがクオーツ式腕時計を投入したことにより、多くの機械式腕時計メーカーが淘汰されました。しかし、それと同時に腕時計は大衆化され、世界中の人々が手軽に腕時計を装着できるようになりました。また、このショックを生き抜いたメーカーは腕時計にさらなる付加価値、ブランド力を向上させることにより、機械式とクオーツは別物といった価値観を作ることに成功したと思われます。

全体的にコモディティ化してしまった業界において、高付加を印象付けるには、それに対をなす商品が必要です。機械式腕時計の場合、それが安価なクオーツ式腕時計となったと思います。

クオーツは業界を破壊した罪と同時に、最終的には機械式腕時計を更なるステージに引き上げた功績も大きいのです。


ライター:muneshin





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