スイス腕時計業界における2020年問題を御存知でしょうか?これは2020年をもって、もっとも多くの腕時計に採用されているムーブメント「ETA」の供給が停止されるという問題です。
腕時計の心臓部分であるムーブメントの供給を停止されるということは、腕時計自体が製造できなくなることを意味します。一体なぜ、このような事態になったのか。そして2020年を間近に迎えたいま、スイス腕時計業界はどのような対応を行っているのかを書いていきます。
by:Eta2842 – エタ (時計) – Wikipedia
目次
■ そもそも何故ETAなのか?
そもそも、何故スイスの機械式腕時計にはETAムーブメントが多く採用されているのかを考えます。まず、ETAムーブメントの最大の特徴が非常にコストパフォーマンスに優れているということが挙げられます。
機械式腕時計が正確に時を刻むためにも、ムーブメントには精巧な作りが求められます。しかし、そのような精度の高いムーブメントを腕時計メーカーが自社で制作しようとすると、開発のための費用、人件費など莫大なコストがかかってしまいます。
その点、ETAは無駄を徹底的に省いたシンプルな構造。しかしそれに反比例した高性能が評価され、一時期はスイス機械式腕時計の90%がETAのムーブメントを採用していたという事実があります。そのため、大量生産されたETAムーブメントは抜群のコストパフォーマンスでスイス腕時計業界を正に影ながら牽引していたのです。
■ 高精度、汎用パーツの充実
圧倒的なコストパフォーマンスのETAムーブメントですが、安い商品にありがちな安かろう悪かろうとは程遠く、COSC(スイス公式クロノメーター検査協会)の検査にも難なく通過するほどの高精度を誇っています。また、大量生産されているため、パーツの流通量が多く、修理も安価、容易にできるという非のうちどころのないムーブメントなのです。
■ 腕時計業界の怠慢
そのような低価格、高性能なムーブメントが自国で安く手に入るのであれば、わざわざ自社で高いコストをかけてムーブメントを生産させる必要はない。と考えた各腕時計メーカーは、未完成のETAムーブメント(エボーシュという)を買い付け、ムーブメントに僅かな装飾を行って組み付けを行い、市場に投入。という流れを繰り返していったのです。
■ ETA2020年問題勃発
腕時計の価格が外装やブランド名のみに左右される状況があたりまえになっていた2002年、ETAを擁するスウォッチグループから衝撃の発表がおこなわれます。
「今後、グループ以外のメーカーにETAのエボーシュ、及びパーツの供給を停止する」
この発表はETAムーブメントに依存しきっていた腕時計メーカーに、衝撃と落胆を与えます。腕時計の心臓部分であるムーブメントの供給を停止されるということは、腕時計が製造できなくなるということです。このような発表に至った原因は、先に記した腕時計の価値、価格がブランド名と外装のみに左右されているということに危機感を覚えた、スウォッチグループ社長の意向が強かったとも言われています。しかし、各メーカーにとってはたまったものではありません。仮にここで自社ムーブメント開発に舵を切ったとしても、そこにかかる時間、費用を考えると、とても今までの利益を確保もできませんし、資力のあるメーカーならともかく、零細、中小メーカーにとっては正に死活問題です。
そのため、この発表に対し、各腕時計メーカーは一斉に抗議の声を挙げます。
この抗議を受けて、スイス競売連邦政策委員会はスウォッチグループに対し、供給停止の期限を10年間伸ばし、2020年に延長するよう義務付けます。これがいわゆるETA2020年問題です。
■ 新勢力セリタ社
ETAの供給停止が発表されて以降、腕時計メーカーによっては自社開発に動くメーカーもありましたが、新たなエボーシュ供給を行ってくれるメーカーの選定も始まっていました。そんななか、白羽の矢がたったのがセリタ社です。
セリタ社はETAの下請け会社でしたが、ETAの供給停止発表を受けて自社ムーブメントの開発、発表を行います。元々ETAの下請けであったこともあり、セリタ社はETAと互換性が非常に高いムーブメントの開発に成功しました。
ジェネリックムーブメントと呼ばれるセリタ社のムーブメントは、ETAの代替メーカーとして広がりをみせていきました。当初は精度に難あり、とみられていましたが、開発を重ねるにつれ、その問題も克服し、現在は多くのスイス腕時計メーカーがセリタ社のムーブメントを採用しています。
■ ブランドからムーブメントに
一昔前までは、腕時計の価値とはメーカーのブランド力であり、使用されている技術に目を向けるという人は少なかったのです。メーカーもその流れにあぐらをかき、自社ムーブメントの開発を怠ってきました。そのような流れに警鐘を鳴らしたのが、今回のETA2020年問題であると思います。
この問題が勃発後、メーカーによってはエタブリスール(エボーシュ組立)からマニュファクチュール(自社開発)に方向転換をはかり、見事に自社ムーブメントを作り上げたメーカーもあります。そしてそれはブランド勝負からムーブメント勝負という新たなステージに腕時計が移ったことを意味します。
■ 本来の機械式腕時計の価値とは
本来、機械式腕時計の価値とはどこにあるのかを考えます。もちろん、そのメーカーが培ってきた歴史やブランドの重みというのは重要です。しかし、そこだけに囚われていては、進化できるはずの技術が進化せず、停滞してしまいます。
小さな機械に最高級の技術が詰め込まれているのが機械式腕時計です。
2020年、ETAムーブメントの供給が完全に停止されたあと、スイス腕時計業界はどのような流になっていくのかが楽しみです。
セリタ社に依存していくのか。それとも別の道を歩むのか。
後釜をみつけて再びあぐらをかくようでは、クオーツショックのような大きな変革がおきたとき、機械式腕時計は再び衰退の一途をたどるような気がします。
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スウォッチとしてはグループのシェアを伸ばすためなんだろうけど、2020年以降スウォッチグループのシェアが伸びずにセリタってメーカーがムーブメント供給するならETAはタダで市場を明け渡したって形になるね。欲はかきすぎるもんじゃないね。